刺激➡反応の記憶


 
人は未完成で誕生します。
これは生き延びるための戦略で
どんな環境であっても適応出来るように
あえて成長の余地を残しているといわれています。
では、人が環境に適応するために必要なものは何でしょう。
それは「刺激」です。
 
例えば、「気温」という刺激を例にあげてみましょう。
寒い季節は脂肪の燃焼を抑え、体温を逃がさない工夫をしますし
暑い季節は汗をかいて体温を下げる働きを活発にさせますよね。
このように、常に良い状態を作り出す調整力は
刺激に反応することによって作り出しているのです。
 
また、運動能力も刺激によって育ちます。
生まれたての赤ちゃんは首も座っていませんから
仰向けに寝ていることが多いですが
やがて首が座り、両手を自分の意志で動かせるようになると
興味のあるものに手を伸ばし
時には勢い余って寝返りをしたりしますよね。
 
動ける範囲が広がると
自分を取り巻く環境がどのようになっているのか知りたくて
散策をするうちに、移動能力が育っていくのです。
つまり、運動能力は大人が強いるのではなく
「どうなってるんだろう?」
「知りたい!」
と子どもが自ら好奇心の目をキラキラさせる「刺激」が必要なのです。
 
このことは、実は体だけでなく
「こころ」や「考え方」、「価値観」にも同じことが言えます。
例えば認められる体験、受容される体験を
ひとつの「刺激」として考えてみましょう。
これらの「刺激」は安心感や安全感をもたらすので
「世の中は安全だ」「人は安心できる」という考え方を軸に人と関わり
社会とつながり生きていこうとするはずです。
 
ところが、現代の子どもたちはどうでしょう。
意欲の乏しさや社会性の発達の課題について
多くの専門家が指摘しており
放っておいては育たない時代なんだということを痛感させられます。
 
子どもの成長は待ったなしです。
そして子どもは大人によって創られる存在です。
刺激に対する感受性が高い時期は、それだけ脳が発育するということ。
多様性に富み、偏りのない「刺激」に大量に触れる機会を与えることを
我々大人が意識していかなくてはいけないのです。