子どもの話を聴くという本当の意味


Ⓒjurvetson
 
子どもが話しかけてくるのはどんな時だと思いますか?
皆さんが「誰かに話を聴いてほしい」と思う時はどんな時でしょう?
 
嫌なことが起きた時、嬉しいことが起きた時など
強い感情が動いた時に、その思いを誰かに共有して欲しいと思うのです。
誰かに共有してもらえたら、嫌な感情であれば半減しますし
嬉しい感情であれば倍増するからです。
中でも、不安や悲しみといった感情を長いこと持ち続けるのはとてもつらいことです。
少しでも気持ちを楽にしたいと考えた時に
その方法として「誰かに話す」ことが
過去の体験でとても効果的だったという記憶を持っていれば
必ずチャレンジしようとするのです。
 
では誰に話すか…です。
それは、話すことで気持ちが楽になると信じることが出来る相手に話します。
子どもにとって信頼に値するのは『お母さん』です。
だから子どもは、「ねえ、お母さん」と話しかけてくるのです。
 
また、時にはこのような事もあるかもしれません。
信頼している大好きなお母さんの関心が、自分以外のところに長いこと向かってしまい
不安や寂しさを感じた時に、「大丈夫だ」と確認をしたい時にも
やはり「ねえ、お母さん」と話しかけるでしょう。
 
ここで大切なのは、子ども自身が気持ちを伝えることで
“受け入れてもらえる喜び”
“共感してもらえた安心感”
を体験できることにあります。
 
ところが、人に気持ち伝えても喜びや安心感といった「快」の感情を
体験出来なかったらどうでしょう。
気持ちを伝えようと話しかけても、反対に不安や悲しみが倍増してしまったら…。
恐らくこの子は、もう人は頼らないと思うかもしれません。
意識しなくても、無意識に人を求めようとはしなくなります。
 
やがて親から離れて、他人の中で生きることが必要になっても
対人関係がうまくいかず、人を深く信頼することも出来なければ
親友をつくることもできないかもしれません。
その結果、不登校や引きこもりになり
ゲームやネットに夢中になっていくということもあるかもしれません。
これらは全て子どもにとって「自分を守る行為」なのです。
親に「受け入れてもらえた」と感じる体験を積むことは
後の人生を大きく支えていく背骨の役割となり
勉強やコミュニケーションスキル以上に大変重要な意味を持つのです。
 
ところが、親であれば誰もが子どもの話に心を傾けて“聴ける”とも限りません。
忙しいという理由を取り除いたとしても、話を「聴く力」が乏しい人もいるのです。
そしてその人は、恐らく幼少期から「聞いてもらえた」「受け入れてもらえた」体験の乏しい人でもあるのです。
そう、つまり「聴いてもらえた体験」が「聴く力」を支えることになるのです。
聴いてもらえた体験の乏しい人は、放っておいても聴ける人にはならないということです。
 
ではどうすればいいのでしょう。
それは、大急ぎで「聴いてもらう体験」を積むことです。
ところが、聴いてもらった体験の乏しい人は
大人になっても、聴いてもらう環境をつくれないことが多いのです。
周囲を見渡しても、親身に話を聴いてもらえる人がいない環境になっているのです。
 
皆さんはどうですか?
心を打ち明けられる人はいますか?
正直な素の自分を出すことが出来、それを受け止めてくれる人はいますか?
 
その関係を心から欲するのであれば、それを手に入れることはとても簡単です。
まずは、自分が誰かの話を心を傾けて聴いてあげるのです。
そして、誰かを丸ごと受け入れてあげるのです。
して欲しいことは、まずは自分から“してあげる”こと。
それをくり返すうちに「どうすれば相手は心地よく聴いてくれるか」その方法を習得することが出来るはずです。
そうやって関係性は、必ず変化していくのなのです。