角を矯めて牛を殺す


 
発達障害について考える時
必ず思い出すことわざがあります。
 

『角を矯めて牛を殺す』
少々の欠点を直そうとして
かえってそのもの自体を駄目にする。
枝葉にかかずらわって
肝心な根本を損なうことのたとえ。
(日本語表現辞典Weblio辞書)

 
人より劣っているところばかりを気にしていると
その子自身をも、ダメにしてしまいます。
 
物事をどう解釈し、理解していくかによって
結果がまったく違ったものになることがあります。
そして、それは最初の判断で決まります。
最初に出てくる“あみだくじ”のどちらを選ぶか…
その判断によって、相手を活かすことも
殺すことも出来るだと思うのです。
 
例えば
「落ち着きのない子」
がいたとしましょう。
 
衝動性が強くて
落ち着きがなくて
注意が入らない
という側面に目が奪われると
「困った子」≪否定≫
「ほら、まただわ」≪否定≫
「何度いったらわかるの?」≪否定≫
という流れが出来あがります。
気づかないうちに子どもに
たくさんの≪否定≫を投げてしまい
「自分はなんてダメなんだ…」と
否定的な感情体験を積み上げてしまうのです。
その結果、
起こる出来事のよい側面を見つけられず
いつも世の中を否定的にみるようになり
不満の多い人生を送ることになります。
 
ところが、同じく
「落ち着きのない子」
がいたとしましょう。
 
発想力が豊かで
多くのことに気づく注意力があり
好奇心が旺盛!
という側面を大切に育てていきたいと思うと
「面白い子」≪肯定≫
「独創性がある」≪肯定≫
「なにか才能がありそう」≪肯定≫
という流れが出来上がります。
 
そして
自分には欠点もあるけれど
いいところもある。
それを磨いて力にしていこう!と考えるようになり
マイナスを見つけて落ち込むのではなく
プラスを見つけて、もっと力をつけよう!
と思えるようになるのです。
 
そもそも人間は多様性を武器に
生き延びにかけました。
 
多様性を排除しようとすれば
モノサシは単一化され
優劣が生まれます。
でも、多様性を保たせようとすれば
モノサシはいくつも存在するので
優劣も固定化せず
バランスのとれた社会になります。
私たちは、多様性を活かす社会を
つくらなければなりません。
 
人の考え方・ものの捉え方は
目で見えるわけではありませんが
相手の人生に大きなダメージを与えたり
自分の人生を生きにくくさせてしまうほどの
威力を持ちます。
それは、まるで致死率の高い新型ウイルスのよう。
相手に危険を知らせず
考え方を周囲に感染させていくからです。
 
時には立ち止まって
自分の考え方・ものの捉え方は大丈夫か?
知らず知らずに汚染されていないか?
と点検することはとても大切なことなのです。