“感じる”って大切なこと

基本 僕はNHKしか見ないのですが

幼児から若者 高齢者まで

それぞれの年代向けの番組を

結構 録画して見ています

 

番組の企画内容自体がおもしろいから

見ているのではありますが

ドキュメンタリーでもアニメでも

この番組が企画された背景を読み取りながら

制作者の意図 若者の発言内容

高齢者の意見などを眺めていると

「う~む…」と唸ってしなうことが

最近 多々あります

 

それは 多くの日本人が

「効率重視」

「失敗は無駄」

「とはいえ、お金がないとしあわせにはなれない」

「競争に勝つ」

「全体よりも個」

に執着しているように見えるからです

 

とても余裕がない

 

高速回転で 前だけ向いて

欲しいものを取りに走って

生活のほとんどを

このことにつぎ込み続けている…

 

その生活を まさかやめると

「脱落」「大損」「社会蔑視」が

待っているかのように

恐怖している

 

そんなふうに見えるのです

 

そして 大きな違和感を持って

眺めているのは

 

“感情の描き方”です

 

感情を出さない人は強い人

感情を揺らさない人は力を手に入れる人

かのように描かれるということ

 

しらけた顔 無感動な表情

怜悧(感情がないが仕事はできる)

無関心 関係性に消極的な態度…

 

たしかに この複雑で 難解で

競争の激しい社会の中で

いつも いつも

泣いたり 笑ったり 関わったり

自分情報を出したりすると

 

お人よし   というか

馬鹿を見る  というか

甘い     というか

 

自分が持っているものを

どんどん他人に持っていかれちゃうアンテナ

 

がピリピリしちゃうのかも知れません

 

しかし 僕には

その人たちが

たとえ社会で「成功」していようと

「影響力」を持っていようと

「勝ち組」に見えていようと

 

人生を楽しそうに生きている

 

とは思えないのです

人が

自分の人生を“謳歌”できているなら

その人は

必ず誰かから

「あなたがいるからしあわせだ」

と言ってもらえているはずです

 

だから

競争の先に満足はないし

誰かと深く関わらない人生に満足はないし

自分が誰かを評価して得る満足ではなく

人から満足だと言ってもらえる満足でなければ

人は結局

自分に“yes”と言えない存在なのではないでしょうか

 

日本人の大人は

もっともっと

笑ったり 泣いたり すねたり 怒ったり

めそめそしたり ドキドキしたり

 

他人と深く関わって

無上のしあわせを実感し

すれ違いに涙し

心を激しく揺さぶりながら

人生を生きねばならない

 

そうやって生きて死ぬ姿を

次の世代に見せることが

限られた人生を

味わい尽くす方法なのだと

伝える責任があるように思います